⇒乳がん体験記 発見~検査~告知

乳がん体験記⑥がん告知

2017/07/13




とうとう判決の日

10日間、がんかもしれないというストレスの下、のどのつかえという気持ちの悪い不快感を感じながら過ごしました。食べ物を飲み込むとき以外、ずっとつかえてる感じがするので、いつも何か食べてた気がする。そうそう、これは、つわりのときと同じ!す。

予約時間に合わせ、乳腺クリニックへ向かいました。このクリニックへ来るのも、もう3度目です。1度目は注射で吸われ、2度目はマンモトームをグサグサ刺され、3度目は…とどめ?

テレビなんか見ていると、がん告知するときは旦那さんが一緒に病院へ行って、隣に座って先生の説明を受けたりするけれど、現実はそんなことしないよね。1人で検査受けて、1人で結果を聞きに行きます。だんな様も忙しいですから。

がん告知

診察室に入って椅子に座ると、先生がおっしゃいました。

「残念なんだけど、がんが見つかりました」

「えー、そうなんですかぁ…」

そう答えながら、泣き笑いしてしまいました。ショックで泣き崩れるわけではなく、うそでしょ?って感じでした。わたし、がんだったのです。

がんの大きさははっきり分からないけれど、「広さ」は2.8㎝ほどの範囲。早期か、早期に近い乳がん。

非浸潤性乳がんで、乳管の外にがんが出ている状態。これが血管やリンパ管にのって全身に回ると転移です。

今後は大きな病院でCTとかMRIで検査をして、手術をすることになる。

部分的に切るのか、全部を切除するのか、リンパ節を全部取るのか、一部だけ取るのか、抗がん剤を使うのか、放射線治療をするのか、そういうことは、大きな病院で検査してみないと分からないし、手術をしてからじゃないと分からないこともあるので、そちらの先生と相談してください、と、先生はメモを取りながら説明してくれました。

紹介状を書いてもらう

先生は「どこの病院がいい?」と聞いてくれました。どこでもいいよ、大学病院でもがんセンターでも、そんなに変わりはないから、近いところがいいかもね、と、土地勘のないわたしに大学病院を紹介してくれました。

名前は聞いたことのある有名な病院です。うちから地下鉄で2駅の距離。紹介状を書いてもらい、これまでの検査結果のCD-ROM、ガラス板に載せられた検体などを持って、次は大学病院に行くことになりました。




 

後になって考えてみると、きっと先生はマンモトームの結果が出る前から、もしかしたら初診のときから、この人はクロかもねと思っていたような気がします。毎日何十人もの人の乳房をみている専門家だもの、きっと分かっていたんじゃないかな。

告知のときは、冷静に、優しく説明してくださって、「何か聞きたいことはない?何でもいいから聞いてね」と言ってくださって、とてもうれしかったのを覚えています。「何でもいいから聞いて」って言える先生、そんなにいないと思います。その一言でとても安心しました。

だんな様に報告

病院を出て帰宅する途中で、主人にLINEしました。「終わったよ」。

連絡を待っていたのか、すぐに電話がかかってきました。「ごめんね、がんだった」と言って、やっぱり泣けてしまいました。

主人が聞きたいのは、命にかかわることなのか、どれほど重篤なことなのか、ということだと思うので、先生が説明してくれたことを簡単に話し、次は大学病院に行くことを伝えました。

きっと、だんな様もわたしと同じようにつらい10日間だったろうと思います。この先どうしよう、仕事も忙しい、子どもたちもいる、いろんな心配事で頭がいっぱいだったはず。どうしてがんなんかに、と責めるようなことを一言もいわないことがありがたかった。

のどのつかえがなくなった!

家に帰り、一人になってたくさん泣きました。やっぱり、ショックだった。母はがんで亡くなった。わたしも同じように早くに死ぬのかもしれない。そう思うと怖かった。

でも、気が付くと、あの、のどのつかえ感がなくなっていたのでした。結果が分かってすっきりしたから?人間の身体って、正直というか、何というか。食べているとき以外、ずっと感じて不快だったのどのつまりがなくなって、身体はとても楽になりました。人間なんて単純だね。

それに、50日くらい間隔が空いていた生理が、始まりました。来ない来ないとずっと心配していたのに、あっさりと。がんかどうかの結果を待つというストレスから解放されて、わたしの身体は少しずつ息を吹き返していったようでした。おもしろい。

さあ。これからはがんとの戦いです。気を引き締めて、がんばらないと!




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